よくみる

よくみることを よーくみると よくみえる

自然と共に生き 自分の中心と繋がる

春の山の暮らしは本当に豊かさや地球の恩恵を感じさせてくれる

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情報も必要だけど 必要以上の情報はいらない

それがここ数ヶ月で分かったこと

情報が溢れれば溢れる程 必要なのは自分の中心の声を聴くこと

外の情報に影響されなければ豊かな現実はここにある

豊かな状態が次の豊かさを連れてくる


仕事では田舎に興味がある人たちのサポートをしている

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田舎とは自然とともに人が暮らす場所

こんな時代 状況だからこそ
地球と繋がりのある
自然と生きる暮らしに興味がある人たちが増えている

外部から人を連れて来ることが安易にはできないけど

こんな時代 状況だからこそ
誰かがその道を作る必要がある

自然ともに生き
自分の中心とつながり
自分らしく生きる
それを体験出来る場所

僕はそういうことにやりがいを感じているから

最近は ハードルがより高くなったこの状況で

安心健康を配慮しながらその計画を立て 環境を整えている

こんな状況だから

地域の理解も必要だし
来る人も覚悟がいるし
僕らにも責任がある

だけどそれがやりたいことだからやるしかない

そう決めて動き出すと全てが上手く流れて行く

シンクロ二シティが現実を導いてくれる

コロナウイルスは一つのきっかけにすぎない

今自分の生き方を再構築しようとしている人が世界中で溢れている


一人ひとりが心から望む現実を創ることを願う

僕が他の人にできることは自分らしくいきること
その自分の暮らしの中で出来るサポートがあるなら何かしたい
最近そんなことをよく考える

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※仕事柄 田舎へ移住したい人の話を聞いたり
生き方 考え方の視点を分かち合うことをしています

もし田舎暮らしの情報やこれからの生き方で相談相手が欲しい方はお気軽にコメントくださいね

コロナウイルスも自分が創り出した現実だとしたら

【現実は自分で創っている】

コロナウイルスを創り出している現実も自分が望んだ現実なのか!?

時々 こういう妄想をする

「自分が現実を創っている」

よく耳にするこの言葉

頭では理解出来るし
ある瞬間に納得するような出来事もあるだろうけど

100%毎瞬その言葉の意味を体験している人は まずいないと言ってもいい

現実創造は成長のどの段階でも常に未開発の領域がある

別の言い方では

現実は
「こうやって確かに現実を自分で創っている」という領域
から
「なぜこんな現実が自分に起こっているのだ」という領域
まで
存在する

前者は
現実に対して責任を取る
後者は
現実を外側(他人や運命)に責任を求める

現象がおなじでも
視点と意識を変えるだけで同じ現実が一瞬にして違う経験となる

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責任を取るのは重みが増えるけどそれだけ現実を自分で変化させることもできる

人は人生でこの現実の幅を行ったり来たりしながら自分を成長させる

そういう見方で世の中を見た時に
どういうことが起こっているか

今世界中で多くの人が外側から自分の世界が攻撃を受けている
と体験している

「視点」「意識」を変えると世界中が成長の機会を与えられている

自分の心の声を聞いてみると
色々な言葉が現れては消える

もう一度問う
コロナウイルスを創り出している現実も自分が望んだ現実なのか!?」

ー「はいそうです」

「なんのために」

ー「あなたの 地球の 成長のためです」

「どうすればいい」

ー「あなたが創りたい現実を創ってください」

「自分が幸せ 世界が平和な世の中がいい」

ー「今がその時 そうであるように行動してください」

見方を変えると
これほど自分自身と向き合えて 世界中が世界を感じている時期はかつてない

「今創りたいように自分達の現実を地球規模で変えることができるじゃないか!」


【自分が暮らしたい地球を創る時】

現実を変えたければ「視点」を変えることと同時に「意識」も変えなければ変わらない

「視点」を変えて「意識」を変えないでより大きな領域に挑もうとする時
起こりがちなのは自分以外を変えようとしてしまう

「意識」が変わっていないから
創りたい現実を結局外側に押し付けてしまう

「私はこういう現実を創りたい だからあなたたちが変わりなさい」
では絶対に現実は望むようには変わらない

常に現実は内側の意識から変える必要がある

自分の意識が変われば
現実はその意識に合わせて吸い寄せられてくる


【心の声を聴く】

意識の根っこを無視してはいけない
そのためにまず自分自身に問いかける

問いかけるときは
思考もいいけど感情の方がより自分の信念に近い

今 
起こっている

起こっていることから何かが出てくるのなら
その感情 感覚をまず受け入れる

そこには嘘がないから思考的にみるよりはるかに自分が何を信じているかを明確に教えてくれている

その感覚はどんな占い師やマスターよりも最も心強い自分のガイドとなる

心の羅針盤を他人に委ねてはいけない

これまで自分と向き合うことに慣れていなかった人は
その癖で自分と向き合いたくないという気持ちも同時に浮かぶかもしれない

それならそれも受け入れる


【最終的に必要なのは自分を受け入れる「覚悟」】

「こんな現実がなぜ自分に起こるのだ」
は自分の現実を創造する限界点を知らせている
つまり
「あなたは現実を今のように体験し続けたいですか」
「この現実を変えたいですか」
と現実から問われ選択権を委ねられている

自分が創りたいように創れば現実はそのようにしか変化出来ないから

もし
「今の現実をよりよく変えたい」
「よりよい地球に暮らしたい」
と選択するなら
少し重い腰を上げて責任の領域を広げ
そのように行動しなければならない

難しくはない

これでしかダメだというメソッドはない

まずは「覚悟」一つが必要


【覚悟から行動へ】

最初は小さなことからでいいから自分の創りたい現実に向けて行動してみる
頭で決めるだけでは本当に選択しているかどうか人には判断しづらい

本当に自分が望む現実を選択しているのかどうか知るために一番の簡単な方法は「行動」

まずは小さな行動でもいいから自分が決めた信念から
自分が望む現実に向けて小さな行動をしてみる

本当に決めていないならその行動に心の動揺がおこる
本当に決めていたらその行動になんの抵抗もない

それができたら
今度は前より少し自分が望む現実に向けて領域を広げて行動してみる

その行動には少し勇気がいったり 
場合によっては望む現実のはずなのに
自分に言い訳をしてやりたくなかったりするかもしれない

逃げたくなるならその意識が今の現実を体験させているのかもしれない

再度感じてみる

自分が望む現実を創りたいか
今のままでいいか

現実は常に自分に選択を聞いてくる

恐さや不安が出て来るかもしれない

出てくれば素直に受け入れる

恐れがなければ

再び

「行動」「覚悟」

覚悟と行動

この繰り返し

逃げなければ必ず現実は自分が創りたい現実に向けてサポートし続ける


コロナウイルスを創り出している現実は地球で暮らす人への共通の問いかけ

今ここから
どういう自分になり
どういう地球で暮らしたいか

香りを楽しむ食事会

知覚を解放する食と空間体験「解食」

今回のテーマは「雨水の香りと食」

自分の経験したことを伝えていくのが楽しい
空間も意識も食も

やってる内容は変わっても
やりたい軸は変わらない
だったら全ての経験を融合していこう

何をやっても自分が経験したことを繋げていく

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もっと 

暮らし−食−空間−知覚 
を連動させていきたい

と妄想

田舎暮しのすゝめ:心構え

僕の仕事の一部は

田舎へ移住したい人のサポートやアドバイス

そんな経験から分かることをシェアします



【田舎暮しする人の最初のハードル】

田舎で暮らしたい人は年々少しずつ増えている


情報発信や情報を得やすい時代になっているから


田舎暮しに興味があるなら
前よりは田舎暮らしのハードルが低くなっていると思う





僕は田舎生まれ
田舎育ち
だから
田舎の人の気持ちはよく分かる


田舎から都会に出る人の心構えのハードルはあまり高くない


社会が都会中心の価値観だから
田舎から都会に出る若者を社会や家族も応援しやすく
田舎の若者は後押しされるように都会に出てきやすい


逆に 都会から田舎に移住や就職を考えている人の視線は
賛同よりも
珍しく見られことが多いという話は時々耳にする

人によっては

理解されなかったり
心配されたり
否定されたり
するらしい


同じように一度都会に出た田舎の人は
田舎に戻ってくると負けたような感覚になる人もいるらしい

この場合は世間がどう見ているかということを
自分が意識しすぎて自分で自分の足を引っ張っている


そんなこんなで

田舎→都会
よりも
都会→田舎
の方が
ちょっとだけ行動に勇気がいる みたいだ



【田舎暮しはクリエイティブ】

僕は田舎から出て都会 海外でも生活して
回り回ってUターンで田舎に戻ってきた


何の抵抗もなく




抵抗がなかったのは
社会がどう見ているかという視点よりも
自分で経験した視点の方が信じられ 
客観的に判断出来るようになっていたから
自分の判断に何の疑いもなかった



僕が戻ってくる時の視点
自分の経験から田舎を見た時に感じたこと

こんな都会的な思考の時代だからこそ

田舎に残っている文化や自然に備わっている本質の方が
今の社会に求められている


「田舎は都会にいるよりも創造性に溢れた場所かもしれない」

久しぶりに田舎の地元で生活していた時にそういう直感があった


それは間違っていなかったと今は更に明確に感じる

都会に暮らしていると当たり前で気づきにくいけど
都会は既製品に溢れている


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何か欲しいと思った時に
モノやお店の情報が頭に浮かんだり
何処で何を手に入れようという発想が出てくる


自然の素材を手に入れるにもお金が必要で
自然を感じられる場所を探すには公園や港に行くしかない
でもそれですら人が手を加えた環境


都会に暮らしていたときはそれが当たり前になるけど
田舎で暮らしはじめるとその環境の不自然さに氣づき驚愕する


物を創る人達が集る環境が
その物で囲まれているのだ


極端に言えば創られるものの発想が人工物から生まれる
更にその人工物は人工物から発想されたもの
更に、、、、


都会に住む人はその異常さに氣づかないと危険だ


僕もそうであったけどその環境に入ってしまったら本当に氣づきにくい




もちろん田舎で暮らしていても
今の時代情報検索も何処でもできるし
ネットで注文すれば都会と同じように直に届く時代
なので都会的な発想にもなる環境だけど


田舎は圧倒的に自然


だから都会に比べると圧倒的にプリミティブな感覚も残っている


場所によってはその感覚でまだ暮らしている人達もいる
日本の原住民のような暮らし?!


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それが一周回ってトップランナーだったという感覚は
一度都会に出て帰ってきた田舎者には衝撃的だった


料理 
住居 
山 川 海と関わること
自然を使ったあらゆる知恵
自然と人間が共存する里での暮らし
神仏の信仰

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上げればきりがないけど


頭の中での情報整理ではなく
素材を通した感覚の対話が必然的に起こるのが
田舎の環境

暮らしの中で実践し 学ぶのが
田舎暮し


周りの人達も
経験して知っている知恵を
惜しみなく共有してくれる

科学技術だけでは高い意識の文明は創られないのは明らか
科学技術が進化するほど 
昔の暮らしにあったような自然と調和するような精神性や感覚と融合が必要な時代

都会と田舎が認めあって共存している世界

そういう直感があったから

自然の中での暮らしを選んでいる


【自分の感覚を信じる心構え】

たぶん都会に住んでいる人も

「満員電車の中ではなく・・」

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「自然の中に自分が求めているものがある・・」 

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「何かやり方があるなら自然の中で暮らしをしたい」
「何らかの方法で自然と繋がりがある暮らし方に変えたい」

と感じる人はたくさんいるような氣がする

若いときの僕がそう感じていたように
都会の環境が自然よりも心地よいように感じる人もいるだろうけど

都会で人工物が心地よくかんじるのは
自然に近づけている環境で起こっていたり
別の視点に目をそらせている場合が多い


人間も動物

心地よい環境は本能で感じている

そう感じた人達は
色々考えているはず

それでも自然と関わることにまだ距離があるのなら

そういう情報が少ない
まだまだ入り口が少ない

それに加えて
ちょっと勇気もいるから

マイノリティーが苦手な日本の民族性があるから
いいなぁと思ってもやっている人が少ないうちは
行動に移すことにちょっと腰が重い
それはよく分かる

でも
そういうときだからこそ
もし行動に移せたらその行動だけでも価値がある

僕の周りにたくさんいる
「何年越しの想いを叶えるために田舎に来ました」
と言う人はみんなイキイキしている

そしてはじめた田舎生活の楽しさに
なんで今まで行動しなかったんだろうと不思議に思う

「行動出来ないのは自分の幻想」

やりたいと思ったことを信じて行動に移せる人が得られる経験

行動に移しても修正ややり直しはいくらでも出来る

やって後悔することはないけど
やらない後悔の方が取り返しがつかない

田舎暮しに必要なのは

「自分の感覚を信じる心構え」
だけなのかも

落ちることに飽きたら前を向く

【不幸は日常に溢れている】

前回厄年のことを書いたら
yokumiru.hatenablog.com


これぞ厄年ということが起こった

その日は出張で遠方に行くので
雨の早朝の暗闇を少し急いで車を運転していた
前の日からの強雨で山から転がって来たであろう大きな落石と正面から衝突

「はぁ〜やってしまった」と思いながら
翌朝 車屋さんに車を見てもらおうと走行していると途中でオーバーヒートのような状態で
ぷっすん ぷっすん
そのまま入院(車が)

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車屋さんに持って行って診断してもらうと

「みてみないと分からないけどもしミッションの部分に異変があったらかなり修理に(お金が)かかりそうですね」
とのこと

はいはい来ましたね〜
これぞ厄年の威力ですかね!?
なかなかのパワーでした
自分がもっと氣をつけていればよかったんだけどね
そんなこんなもあって その日はまぁまぁ心がやられました

「もう少し早く出て心に余裕があれば」
「なんでもっと氣をつけなかったんだろう」
「厄年はこんなことが続くのかなぁ」
「お金が一気になくなるわ〜」

妄想の言葉が次から次へと沸いてくる
モンモン モンモン モンモン
でもそんな妄想もひたすらするとそんな自分を俯瞰してみる瞬間がある

【氣づきのタイミングが来たら前を向く】

俯瞰してみると自分がいかにずっと妄想の中で時間を過ごしていたかに氣づく
そうなるともういい加減自分でもクヨクヨせずに立ち直りたい

そのタイミングが来たら重い腰を上げて
エイや!と意識を別のところに向ける

過去に引っ張られず 今を生きる ということだけど
実際にやるとなると引っ張られるエネルギーが大きければそれは簡単ではない

でもこれができれば自分の妄想で苦しまずに生きることができることを今回再確認できた
↓それはこんなかんじ

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僕の場合は意識を向けることを
事故よりもより大きな求心力を持っていることに向けた

仕事をやっているときは仕事の中でもやってて楽しいこと
休日は時間をとってやりたかった空間づくりやこれからの計画など
自分が楽しくて没頭できることに向き合った

【逃げるじゃなく 捕われない】

起こったことに目を向けず
やりたいことをやることは一見原因から逃げているようにも見えるけど

逃げることと捕われないことは大きく違う
逃げている時は原因から離れているけど
捕われていない時は原因と向き合いながら影響を受けない状態

捕われなくなるためには
一旦原因と向き合って受け入れなければいけない

言葉で説明すると難しそうだけどやってみて学べば難しいことではない

やりたいことをやっているだけでいいのだから

なぜやりたいことをやっていると逃げずに原因から捕われなくなるのか

それは妄想は思考を使って自分で作っているものだから

やりたいことをやっているとき思考は不幸な妄想ではなくやりたいことに向いている

思考ではなく感覚に没頭していたりする

だから不幸な妄想をする暇がない

僕の場合
事故をしたという事実は変わらないから事故とは向き合う

その事故から
自分を責めたり
お金が減ると考えたり
落石についてあれやこれや考えるのをやめる

というよりやりたいことをやっていたら妄想をしている時間がなくなったと言った方がいいかもしれない

だから事故をしたという事実はかわらないから事故処理の色々な手続きは淡々とするけど
やりたいことが面白くなると妄想に捕われている暇がなくなる
現実と妄想は離れ
事故に捕われていた自分は完全に何処かにいってしまった

そんなことよりやりたいことで僕の意識は忙しいのだ

これが厄年の学びですね

食と空間の体験:知覚を解放する食「解食」

いつも仕事を一緒にしている良子さんの依頼で食事イベントを企画した


どうせやるならやりたいことに挑戦!ということで


10年前にふと思いついたアイデアをやってみたくなり
食と空間を演出して知覚を解放させる体験「解食」をやってみることにした

妄想が膨らんだこのアイデアを実現するには
料理のスキルもいるし 空間演出するのも結構ハードル高いので
今はまだ現実的じゃないとお蔵入りした企画だが やらなければいつまでたってもお蔵入りなので
全てをお任せして依頼してくれるこのありがたい機会を活かして
今できることで近づけてみようと勢いだけで「やらせてください!」とお願いした

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今回は「月と食」ということでやってみた

月の変化に合わせた菜食のコース料理

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このためにウチに来たのかというほどタイミングよく現れた新しいテントを使って
光と食事の演出をした

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仕事でイベントの中で料理をすることは何回もやってきたけど
自分の食を目的に人が来てくれるのは初めてでどうなることか心配だったけど
みなさんの温かい目と楽しむエネルギーに守られながらなんとか表現できた

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やりたいことが多すぎて
いつものように盛り込みすぎてヘトヘトだったが
めっちゃ楽しかった


料理で人を喜ばせている人
空間で人を楽しませている人
大変さが分かると改めて尊敬

やってみたら
改善点だらけ
新たなアイデアが次々浮かぶ
僕にとっても伸びしろありすぎのこの知覚体験

依頼があればまた挑戦してみたい
もともと一人でやるよりも
それぞれの強みを活かして一緒にやりたい人とやれたらというアイデアなので
一緒にやりたい人もウェルカムで〜す

今回表現させてくださった参加者の皆さんありがとうございました☆

九州ツアー:異次元の旅

キャンプ道具を持って九州に1週間の旅に行ってきた

小さい頃から家族や学校の修学旅行でもよく行ったけど何回行ってもまた行きたくなるエリア

行く前に会えそうな友達には声をかけることにした

福岡に移住したシンジ君ヒサエちゃん夫妻に連絡をしてみると
僕   :「僕が九州に行った時に一緒に行きたいって場所あったよね?どこだっけ?」
シンジ君:「あんでるせん

なんともメルヘンな名前
聞くと完全予約制の4次元パーラー(喫茶店)らしい
あやしい〜 笑


店主がショーをしてくれるということだが
シンジ君からは「あんまり調べないで体験してほしい」ということなので調べないで予約を取ろうとしたら1ヶ月以上前なのに既に予約でいっぱいとのこと

そう言われるとよけいに行きたくなる〜
旅の計画を少し変更してなんとか行けそうな日程で予約を取ることができた
シンジ君達とその友達夫妻も一緒にとれた

予約がなかなかとれないお店なのにその日はなぜかみんなが予約がとれた
呼ばれてる感ありますね

1ヶ月前から何も情報がないあんでるせんに行くことを考えると不思議とワクワク
何も知らないのに
調べてないけどめっちゃワクワクしてるのは僕がシンジ君ヒサエちゃん夫妻を信じてるからなんだろうなぁ

というわけで 九州ツアーは「あんでるせん」から始まった

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友達夫婦との再会もでき
いざうわさのお店に潜入

11時からオープンして注文した後に数時間の待ち時間

店内には各界の著名人の写真がずらりと色んな意味でズレているもに溢れている
きっとこれも次元をズラすスイッチとして組み込んでるのかなぁと思いながら散策

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長い待ち時間の中 机になにげに置いている知恵の輪をみんなでやったり
久しぶりの友達とお話をする

シンジ君は3回目予約して2回これたらしい

1回来られなかった時はお店から電話がかかってきて
「14名でなく12名ですよね?」
と確認されたらしい

「14名ですが」と答えたけど
店主は「おかしいなぁ12名のはずなんだけど」と言って電話が切れたそうだ

その後 友達のお母さんが入院して友達夫婦は行けず12名になったという話をきいた

ムズムズと何かが始まる予感!

14時になると店主が出てきてショウが始まった

このショウの内容を言葉で説明しても面白くないので詳しくは書かないが

店主がたくさんの持ちネタの中からジョークとマジックで楽しませてくれる
店主は本業のマジシャンではないだろう
なぜならマジックは僕でもマジックだなと分かるものがあるから

でも時折みせてくれる
明らかにマジックの限界を超えている次元が違う現象を見せてくれた

店主に選ばれた人は透視や予知をして具体的なアドバイスや人生の道筋を示してくれる

なるほど これを体験したくてこんなにも予約して来ているんだなぁ

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ちなみに僕がもらったアドバイス
「創ることがあってるよ 先生もいいですね」
とメッセージをいただいた

「創ること」はよく言われて 自分でも合っていると思っているから何らかの表現をしていきたいと思っていた

「先生」は僕なりの解釈だと人に経験を共有してその人がその人らしくいられるようなガイドをしたいと思っているのでそのことかなと想像を巡らす

どちらも 今の延長上にあるような気がする

ぼくはショウもそうだがこの言葉で後押しされることを受け取りにきたような気がした

遠方からこんなに予約までしてくるのはやはりここでしか経験出来ないものがあるから

ここは呼ばれてる人が行くような場所なので行きたい人はまずは予約から挑戦してみてほしい

予約は午前8時から
ショウの目の前のカウンターは2ヶ月前午前には一杯になるようだ