よくみる

よくみることを よーくみると よくみえる

現実を変えるには自分が変わるしかないという体験

今回は最近起こった自分が違う現実に移動したというお話の分かち合い

平行宇宙の話をここ数回シェアしてきたけど

yokumiru.hatenablog.com

yokumiru.hatenablog.com


僕の見方が俯瞰的なので話が大きいし今の自分と離れすぎていると感じる人も多いと思うので
今回は僕の個人的な体験をシェアします

先に言うと
違う現実に移動したかどうかを証明は出来ません
逆に常に違う現実へ移動しているという見方もある

なので
この話が違う平行現実へ移った話として紹介していいものか分からないけど
自分の感覚として「自分の意識が変わった」というはっきりとした感覚があり
それに伴う「現実が現れた」という感覚があったので
平行現実の移動とはこういうことだなと自分なりには体感出来た一人の人間の何気ない日常のお話です



僕は会社に勤めています
割とフラットな会社で
社長はいるけど
社訓が「権威によらない組織運営」を大切にしています

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同世代の人達が集っているということもあるが
常に何でも共有出来る関係を目指してチームを作っています

そうはいっても社長は社長だし
役割的に指導的な立場になる人や教わる立場になる人も当然出るので
その時は結構意識して同じ土俵で誰でも意見が言えるような環境を作っています

そんな会社のある日

社長が 僕も知っている共通の知人から一方を受けて
「旦那の実家に引っ越しすることになって 不要なモノがたくさんあるから取りにきたらあげるよ」
っと言われたらしいので取りに行くことにした

会社はシェアハウスとシェアオフィスを運営している
更に貰い物ばかりで使わせてもらっていて
欲しいものや買い替えたいものもいくつかあった

彼女の家に行ったら
旦那の実家に必要なモノは殆どあるので
まだまだ現役で使えるモノを引き取ってほしいってことでもらえるモノを取りあえず全部もらった

会社で新しく始めた農業などの小道具もあり大変助かった

そのいただけるものの中に
僕の家で欲しかった「大きめの冷蔵庫」があった
見つけた瞬間「それ僕も欲しいです!」
っと言って
彼女はいいよっとのことだったが

社長が「ダメダメ シェアハウスにもらうから」ということで断られた

「家に小さい冷蔵庫2台使いしてるから欲しいなぁ」ってちょっとゴネてみたが
「ダメです」と言われて「まぁ 会社に必要だし仕事で来てるし仕方ないよね」とあきらめた

シェアハウスに着いたら
「冷蔵庫とかこれから始める農業道具とかをシェアハウスに置いていく」
「必要なモノは置いていってあとは不要だろうから僕がもらっていく」
「でも宿舎はほぼモノが揃ってるからあんまりいらないよね」

といって社長がなんだかんだで残りのモノ全部もって帰ろうとした

その中に
僕の家にない「姿見」が2つあった
それならと思い
「それ一ついただけませんか」って言ってみたが
「ダメダメ」っていって2つとも社長が持っていった

「姿見もだめかぁ」となって
欲しいモノが得られないことにモヤモヤしていた

仕事が終わりに
「冷蔵庫もらえないのは会社ファーストでしかたないよな」
「姿見もらえないのははじめに声かけられたのは社長だし仕方ないよな」
と言い聞かせた

でもまだモヤモヤは続く

そんなモヤモヤの中 色々考えていたら
最近起こった別のことを思い出した

シェアオフィスの方で壊れたピアノがある
知り合いがそのシェアオフィスに使わなくなっている家のピアノをあげると
あるスタッフが言われていてもらうことになっていた

モヤモヤしている時に
そのピアノが社長の家にいくことになっていたことを思い出した

その話を前に聞いた時は
「家に子どももいるし 家を購入したばかりだからピアノも欲しいよね」
くらいに思っていたけど

僕も冷蔵庫が欲しいのに それは貰えなくて
社長はピアノが欲しかったら会社に必要なものでもとっていくということに気づき
ウチの会社は「権威によらない組織運営」を謳っているのにこれは何だ!?
と思ったらめちゃめちゃ腹が立って
しばらくそのことで頭が一杯だった 笑

そのモヤモヤ イライラした感じはあまりよろしくない状態だとは分かっていたけど
止められなかった

止められないものは止める必要もない
むしろその状態があることを認めて感じ続けていた

そしたらある瞬間に
自分はいつも「何か足らない」って思って生きているなぁということに氣づいた

冷蔵庫も足らない 
姿見も足らない 
それらが得られないと不満

人が得られた時には
羨んだり
腹が立ったり

自分は「満ち足りない人」として生きていることに氣づいた

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去年の暮れくらいから
人のために生きることを今までよりも意識しようと改めて覚悟を決めたつもりだったのに

いつの間にか 
与えるという精神は何処にもなく
何かあったら「自分のために欲しい=私は足りていない人」で生きていたことに氣づいた

この意識状態は
社長が色々自分のモノをほしがって取っていっている意識と同等のレベルだと思った

おそらく自分が逆の立場だったら
「権威によらない組織運営」とか理想をかかえながらも
自分が家を建てて 必要なモノがたくさんいる時なら同じことをしていたなと思えてきて
社長を責める気持ちが一切なくなった

今は時代の転換点 地球の転換点 自分の転換点だと感じていているのに
そんな時に自分がこんな状態でいたくないと思い

「人に与える」という意識に改めて設定し直そうと決めた

欲しかった冷蔵庫も会社がほしいならウチは必要ないと自然に思えてきた

そいうするとモノは入ってないのに豊かな気持ちになれてきた

↑これが意識の転換点

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そしてここからが平行現実の移動のお話(長くなりましたが)

豊かになれたと感じていたけど現実は冷蔵庫がない状態だけど
その後その感覚で生活していた


ブログでも紹介したけど年始にちょっとした事故をした

yokumiru.hatenablog.com


落石にぶつかった 

自損事故なんだけど
落石にぶつかった場合
場所や状況によっては 道路を管理している自治体が数%保証してくれることがあるということを耳にして

関係者曰く「これまで出ても1割〜2割です」って言われていたけど
「少しでも可能性があるなら」と思いその申請を出していた

でもその意識を変えて数日してから
車が故障した修理代くらいの金額が出た
実はエンジンが故障して総取り替えしたから中古車一台買えるくらいの見積がきていて

仕方ない自分が悪いから
これは車を大切しなさい
安全運転しなさいというメッセージ
厄年の厄払いとポジティブに受けとろうとしていたけど
現実には「自分は満たされていない」という意識設定になっていたことを
冷蔵庫の件があり氣がついた

そしてその意識を変えて生き始めて直に現実が変わり

まさかのほぼ全額分補償というプレゼント!!

この時 自分の中では自分が前より少し豊かな平行宇宙に移行してきたという実感があった

移動する前の「私は不足している」という意識設定だったら 
僕は事故して何十万も支払う現実を体験していたのかもしれない


今は事故したのに車を無料で直してもらって(しかもエンジンが5万キロ若返ったプレゼント付きまで笑)
車から「運転注意してね♡」の愛のメッセージを受けただけの現実になったこと

ちなみにこのいただいたお金をこれから生きること暮らすことに大変になる人達のために
使うお金にしたいと思っている

この豊かさの連鎖
更にこの話をシェアできることに興奮しているというお話でした☆

ちなみに僕からみた状況を描写しているので社長がとても卑しい人に見えるかもしれませんが
社長は社長の事情があってそういう態度を取らざるを得なかったのです
決して悪い人ではありませんので 笑

平行宇宙からみる今の日本

4月1日総理が「各世帯にマスク2枚を配布」というニュースがあり社会から大きな反応があった

その後
30万円給付 緊急事態宣言 メディアの報道 自分の反応 周囲の反応 国民の反応
から色々な未来が浮かんでくる

この施策の善し悪しやコロナパニックに対する政府の政策を分析するのは専門家に任せるとして


平行宇宙の分岐点を強く感じている僕の視点から
感じたことや見えることを共有したい

平行宇宙:コロナウイルスが蔓延する今が未来の分岐点 - よくみる
(以前の記事)

【マスク2枚と現金給付への国民の反応】

コロナウイルスの騒動が起こってから
各国の長が連日 国民の命と生活のために
政治理念と政策発表をするのを聞いていた

いざとなれば国は大きく動く
動かざるを得ない

それが全世界で起こっている今の状況で

4月1日 
諸外国とは状況は違うとはいえ
総理の「一世帯にマスク2枚配布」という報道で

ネット上では国内外から
「エイプリルフールのジョークか!?」
「アベノマスク」
という反応がたくさんあった

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ボケる総理にツッコむ人々

こんな事態に喜劇を見ているようでもあった

その後 条件付きで世帯ごとに30万円現金給付という政策や様々な支援の準備をするというを発表も目にする

それらの政策に対して 色々な見方や反応がある

自分は対象者かもしれないと少し安心する人
諸外国とくらべての対応の遅さや不明確さに腹を立てる人
政府を信頼出来ないという人
自分たちの状況の苦労が届かない政府にイライラする人
政策が根本的におかしいという人

今回の発表を聞いてあなたはどう感じただろう


【総理と政府を非難する人達から創られている現実】

これまでにも今回のようには大きく報道はされてはいないけど
一見国民にとってなんの得もならないような法案や方針がどんどん進められ
よく分からないうちに色々なことが変わっていく国の状況と
それにもかかわらずこの政権が続いているここ数年

不思議なのはこれだけ国民から非難され
国民が望んでいるとも思えない法案や方針を進めていく政府がなぜこれほど長く続いているのか

「今の政府は国民が望む政府なのか」
それが疑問だった

今回の大きな出来事に対する大胆な政府の言動と国民の反応から
これまで分かりにくかった関係性がよりよく見えてきた

例えば
総理の「マスク2枚」発言
その効果や真意はさておき
分かって来たのは国民と政府がどういう見えない糸で繋がっていたか

このままの事態が続いたら生活が出来なくなるという時に 
マスコミの偏った報道も相まって

国のトップが専門家の意見を聞きながら出した答えが「マスク2枚」ということに
今が必死な国民からすると「なぜ?」と多くの人が感じたようだ

僕の中にも複雑な気持ちが現れた
自分の中で浮かぶ気持ちを観察してみると

「あり得ない」と非難したり
「誰が何のために考えたんだ」と怒ってみたり
「これが日本の政府の現実か」と悲しんでみたり
「これはよいよ危ない」と焦ってみたり
「これは現実か?」と笑ってみたり

色んな自分が出て来た

その向かう先は
「総理」 と「今の政府」

この視点からそういう風景が見えた

その視点から
政府と自分の両者の立ち位置を俯瞰してみれるところまで
意識を広げてみる

そうすると個人の視点から
ある国民と今の政府の関係が見えてくる

「自分が政治に責任を取りたくない」 
「政治家に任せていればなんとかなる」
「何かあっても政治家に責任を取らせてしまえ」 
「いざとなれば批判すれば自分の立場は守れる」
という国民

「政治に興味を持っている層にはよく見える政治を作る」
「政治が日本を作る」
「表面上だけいいこと言ってあとはバレないように」
「政治家の立場を利用して好きにやらせてもらう」
という政治家

この立ち位置からは国民と政治家の隠れた意図がそれぞれ見えてくる

隠れた意図を持っている国民からすると

今の「総理」「政府」という立ち位置は
国民によって ピエロのように今その役目を見事に演じてくれている

国民に無関心なピエロは政府に無関心な国民に非難されながら国を運営する許可を得ている

「被害者」と「加害者」のようにも見えるが
俯瞰してみたら一緒に創っている「喜劇」

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「待ってました」という国民の声援の中 政治家も立派に彼らの役目を演じている


更にこの俯瞰した視点から辺りを見渡すと
この「喜劇」には他にもたくさんの出演者がいることが分かる

例えば
「被害者が加害者に非難すること」に対して「非難」する人達(国民)

これはピエロ(政府)の強い味方の役柄(国民)
今回のような強い批判があれば
その「非難」を「非難」する人達
が少なからず現れてくる

政策 政府 総理 に関係なく その人達は

過去になんらかの「非難」をされたことで自分の心が傷ついている

そういう人は「非難」している人の反応に絶えられない
だから「非難」している人を「非難」してしまう

「非難」と「非難」はお互いを引き寄せ
そのエネルギーは相殺される

その人達が争っている間
ピエロはピエロとしての役割を演じ続けるだけでいい

それが今のような政治的現実が続く一つの原因だ


【総理と政府を賛同する人達から見える現実】

一方で現金給付などの政策に賛同して喜ぶ人達もいるだろう

当たり前だけど施策が全く国民のためになっていないなら政府も流石に政治を続けていくことは難しい

政策内容はどうあれなんらかの人達に賛同される政策は作っているに違いない

本来であれば全ての国民にとって豊かになるようなものであってほしいけど
政治を続けていくだけであれば政治に興味がある人達にむけて賛同されれば政治家としてのポジションは保証される

少なくともこれまではその賛同者に対しての政治をするだけでよかった

これまでの状況であれば
政治に興味がない国民にとって
政治は生活に影響しないくらいでしかない
と多くの国民が思っていたのかもしれない

本当は直結しているけど
できるだけバレないように政府は自分たちのやりたいようにゆっくり状況を変えていっているようにみえる

多くの国民が政治に興味がないように 
政府も多くの国民に対しての政策を作る必要はなかったのだから

政治家は一部の人達に対してだけ政治をしてきた


【メディアに作られた日本】

この状況の中
僕も普段あまり見ないような情報番組を最近よくチェックするようになった

久しぶりにずっとメディア報道を確認していると
日本のメディアの報道の嘘っぽさが以前より強くなっている

テレビというツールが悪いわけではない
添加物をとらない身体で久しぶりに添加物を取り入れたくらいの違和感が今のメディア報道にはある

個人の情報発信や外国の情報も選んで見られるようになっているから
余計にその作られた違和感を感じるのもあるだろう

でも自分の近隣の高齢者をみると情報は殆ど毎日の新聞とテレビ

そんな人達にとってはこの作られている情報こそが真実に見えているのかもしれないと想像した

この政府とこのメディアが国民に一方的な麻痺をかけるように情報操作をすれば
多くの人がその情報操作の方向に進むだろう

そう感じた一方で
この政府もメディアも人の意識が何処かで求めていたから作られている
ということも忘れてはいけない

常に今現れていることが自分たちが創っているものなのだから


【これからの日本 これからの世界】

このコロナウイルスの影響で善くも悪くもこれまで持っていた色々なものが崩壊してくる

崩壊は同時に誕生でもある

個人レベルでも国家レベルでも
全世界でも色々なことが誕生していく

日本の政府は政治に興味がない人達にも支援する必要がある現在の状況で
これまでのように国民の豊かさのために政治をしていないのなら
それが明るみに出て来るだろう

政府はその真価が今問われている

それを一人ひとりが目にする

国民はその政府に反応して非難や批判をするかもしれない

しかし今の政府はその役割を演じるように国民から求められていた

そのことに気づかず政府を非難し続けるということは
政府にとっては現状維持をするように許可されていることに等しい

国民は非難し続ける限り
他の政府や人に入れ替わったとしても同じような現実が繰り返されることに氣づく必要がある

これまでの習慣で今現れていることに「反応」していたら
それは現状維持したいということを宇宙に許可を出していることと同じだ

「反応している対象と反応している自分は同じ現実を一緒に創っている」から

これからは一人ひとりが選択することになる


もし国民がこの状況を続けたいなら
・政府を非難する
・自分と違う意見の人を非難する
・政治に無関心になる
・何かあった時に政治家に責任とらせるつもりでいる
・今の政府の方針を支持する
・今のメディアをそのままにする
というようなことをしていればいい

この状況を変えたいのなら
・政府の政策の違和感に氣づく
・一人ひとりの考えを尊重する
・積極的に政治に興味を持ち関わる
・何が起こっても政治家だけに責任をとらせようとはせず自分たちもできることで政治に協力する
・自分達が作りたい政府を自分達の意志で創る
・公平 透明に放送するようなメディアを作っていく
という行動に変えていかなくてはいけない


この状況を変えて新しい世界を創っていくにはやることが山ほど出てくるに違いない
そのための崩壊であるならこの崩壊はラッキーでしかない

今は「反応」ではなく 「観察」する必要がある

「他人や政府や国や世界」

ではなく

「自分が今まで何を創ってきて選択して来たか」

それから一人ひとりが望む現実を創っていけばいい

平行宇宙:コロナウイルスが蔓延する今が未来の分岐点

春分の日の朝
「これから大きな変化が起こるんだなぁ」という気持ちで目覚めた

感覚的にはソワソワ ドキドキ ワクワク

色々な感情が入り交じっている

妙に落ち着きがないけど 来るべきときが来たという変に落ち着いたかんじもあり


今感じるのは

これから崩壊するものと その後再生するものを同時に感じている 不思議な感覚

自分の色々な部分が 色々な反応をしている




【混乱する情報】

世の中の 自分の 内側を反映しているのか

今 色々な情報が日々飛び交っている

メディアで流れる情報 政府の発表 自分で調べる情報 人から受け取る連絡

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どれも一貫性がなくそれぞれに接点がないこともある 

何を信頼していいか分からない そんな人も多いのではないか

こんな時だからこそ

自分から発信する情報はできるだけ自分が感じる内側から出したい

それでしか 自分の情報発信に責任が持てないから 



【平行宇宙】

「平行宇宙=パラレルリアリティ」という考えがある

いくつもの現実が同時に存在しているというモノの見方

これはスピリチュアル的な話だけではなく 物理学者も真剣に研究しているテーマ

そういう世界で世の中を見てみると

「世界中が平和で誰もが豊かになっている地球」

「難しい局面から各国が協力しようとしている地球」

「難しい局面から各国が争いを始めようとしている地球」

「戦争ばかりして崩壊寸前の地球」

など 色々な地球が今同時に存在しているという

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その中で自分がどの現実を選択するか

物理的に現実を変えるのではなく

自分が変わるとそれに合った現実に移る

という一つの見方 

この概念が本当かどうかは分からない



【別の現実に移るときに起こること】

ここからは自分が実際に体験したこと

僕は 十年程前に 大きな変化が起こった時があった

自分の内側での大きな変化

その内側の変化を言葉で描写することは難しいけど

天国から地獄 誕生から死 を短期間で体験するような

やっぱり言葉で説明するとちょっと表現し難い変化だけど

自分にはこれ以上の現実的な経験はないほど実感を伴った変化だった

その時「平行宇宙」という概念を知らなかったけど

「感覚」としては
別の惑星に来たというくらいの内側の変化が短期間で起こり「見える世界」は変わっていた

でも
「物理的な現実」は何も変わっていない

当たり前だけど
短期間に自分が変わったからといって 物理的な宇宙は魔法のようには変わらない

ただ
自分の内側の変化は 変化前の場所から大きく違う場所にいた

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ここから物理的宇宙がジワリジワリ変化していった

現実の変化はとても自然に時間をかけて起こる

季節や天候が変化していくように

だから自分が移動したとは通常体感することは難しいけど

大きな内側の変化があった時はその現実の変化は大きく動くので

平行宇宙を実感しやすい

これが自分が体験した「平行宇宙」を体感した経験だった



【今別の地球に移る分岐点】

「平行宇宙」が存在するとしたら

自分の経験的から分かるのは

「どういう宇宙 現実にいくか決められるのは自分しかいない」

今の自分の感覚や目の前の情報を辿っていく
 
内側から色々な「感覚」が生まれては消えていく
外側から色々な「情報」が現れては過ぎ去っていく

それぞれが関係ないようだけど関係あるようなこともある

「情報」から「感覚」も生まれるし
「感覚」からそれに繋がるような「情報」をキャッチすることもある
もちろんそれとは全く関係のないような「感覚」や「言葉にならないこと」もたくさんある


「平行宇宙」が存在するとしたら

今は平行宇宙の大きな分岐点にある

たぶんいつの瞬間もそうなんだけど
地球規模での分岐点というのはなかなかない
自分一人でどうすることもできないように思えるけど

実は一人ひとりに選択肢が与えられている

どの 現実 地球 に移りたいかを決められるのは常に自分

内側の変化は柔軟性があり
絶えず変化して自由である

だけど

物理的宇宙は
文字通り物理的なので一度決められると
修正するのに時間がかかったり
修正出来ないような変化もある

今一人ひとりがどう動くかによって物理的な「平行宇宙」が確定していっている

個人が出来ることによって宇宙が変わるはずないと思うかもしれないが

個人が物理的宇宙を変えるのではなく

個人が「平行宇宙」に移動するだけだとしたら

どこへ移動したいのか

別のいい方をしてみよう

今物理的に移動出来る「平行宇宙」の大きなハブステーションにいる

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それぞれの宇宙に移動できる列車の出発時刻は今だ

列車の出発は決まっている自分ではどうしようもない

それが変更出来ない物理的現実

自分が決められるのはどの列車に乗るか 目的地をどこにするか

時間は止まらない 

切符を持って行動するだけ

乗った後にも
その先に大きなハブステーションがあるかもしれない

そこでも乗り換えは出来る

だけどあまりにも遠い場所(物理的現実)が反対の場所に到着してしまっていては
引き返すこと難しい

「どの宇宙に行きたいですか?」

そんなタイミングに来ているのではないか

自分が何を決めて どう行動するか 
どの切符を持って どの列車にのるか
今決めて行動することでこれから現れる現実は全く異なる

世の中のを見渡すと
一人ひとりが持っている切符が違うようにみえる

今はそういう駅にいるのかもしれない

コロナウイルスも自分が創り出した現実だとしたら

【現実は自分で創っている】

コロナウイルスを創り出している現実も自分が望んだ現実なのか!?

時々 こういう妄想をする

「自分が現実を創っている」

よく耳にするこの言葉

頭では理解出来るし
ある瞬間に納得するような出来事もあるだろうけど

100%毎瞬その言葉の意味を体験している人は まずいないと言ってもいい

現実創造は成長のどの段階でも常に未開発の領域がある

別の言い方では

現実は
「こうやって確かに現実を自分で創っている」という領域
から
「なぜこんな現実が自分に起こっているのだ」という領域
まで
存在する

前者は
現実に対して責任を取る
後者は
現実を外側(他人や運命)に責任を求める

現象がおなじでも
視点と意識を変えるだけで同じ現実が一瞬にして違う経験となる

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責任を取るのは重みが増えるけどそれだけ現実を自分で変化させることもできる

人は人生でこの現実の幅を行ったり来たりしながら自分を成長させる

そういう見方で世の中を見た時に
どういうことが起こっているか

今世界中で多くの人が外側から自分の世界が攻撃を受けている
と体験している

「視点」「意識」を変えると世界中が成長の機会を与えられている

自分の心の声を聞いてみると
色々な言葉が現れては消える

もう一度問う
コロナウイルスを創り出している現実も自分が望んだ現実なのか!?」

ー「はいそうです」

「なんのために」

ー「あなたの 地球の 成長のためです」

「どうすればいい」

ー「あなたが創りたい現実を創ってください」

「自分が幸せ 世界が平和な世の中がいい」

ー「今がその時 そうであるように行動してください」

見方を変えると
これほど自分自身と向き合えて 世界中が世界を感じている時期はかつてない

「今創りたいように自分達の現実を地球規模で変えることができるじゃないか!」


【自分が暮らしたい地球を創る時】

現実を変えたければ「視点」を変えることと同時に「意識」も変えなければ変わらない

「視点」を変えて「意識」を変えないでより大きな領域に挑もうとする時
起こりがちなのは自分以外を変えようとしてしまう

「意識」が変わっていないから
創りたい現実を結局外側に押し付けてしまう

「私はこういう現実を創りたい だからあなたたちが変わりなさい」
では絶対に現実は望むようには変わらない

常に現実は内側の意識から変える必要がある

自分の意識が変われば
現実はその意識に合わせて吸い寄せられてくる


【心の声を聴く】

意識の根っこを無視してはいけない
そのためにまず自分自身に問いかける

問いかけるときは
思考もいいけど感情の方がより自分の信念に近い

今 
起こっている

起こっていることから何かが出てくるのなら
その感情 感覚をまず受け入れる

そこには嘘がないから思考的にみるよりはるかに自分が何を信じているかを明確に教えてくれている

その感覚はどんな占い師やマスターよりも最も心強い自分のガイドとなる

心の羅針盤を他人に委ねてはいけない

これまで自分と向き合うことに慣れていなかった人は
その癖で自分と向き合いたくないという気持ちも同時に浮かぶかもしれない

それならそれも受け入れる


【最終的に必要なのは自分を受け入れる「覚悟」】

「こんな現実がなぜ自分に起こるのだ」
は自分の現実を創造する限界点を知らせている
つまり
「あなたは現実を今のように体験し続けたいですか」
「この現実を変えたいですか」
と現実から問われ選択権を委ねられている

自分が創りたいように創れば現実はそのようにしか変化出来ないから

もし
「今の現実をよりよく変えたい」
「よりよい地球に暮らしたい」
と選択するなら
少し重い腰を上げて責任の領域を広げ
そのように行動しなければならない

難しくはない

これでしかダメだというメソッドはない

まずは「覚悟」一つが必要


【覚悟から行動へ】

最初は小さなことからでいいから自分の創りたい現実に向けて行動してみる
頭で決めるだけでは本当に選択しているかどうか人には判断しづらい

本当に自分が望む現実を選択しているのかどうか知るために一番の簡単な方法は「行動」

まずは小さな行動でもいいから自分が決めた信念から
自分が望む現実に向けて小さな行動をしてみる

本当に決めていないならその行動に心の動揺がおこる
本当に決めていたらその行動になんの抵抗もない

それができたら
今度は前より少し自分が望む現実に向けて領域を広げて行動してみる

その行動には少し勇気がいったり 
場合によっては望む現実のはずなのに
自分に言い訳をしてやりたくなかったりするかもしれない

逃げたくなるならその意識が今の現実を体験させているのかもしれない

再度感じてみる

自分が望む現実を創りたいか
今のままでいいか

現実は常に自分に選択を聞いてくる

恐さや不安が出て来るかもしれない

出てくれば素直に受け入れる

恐れがなければ

再び

「行動」「覚悟」

覚悟と行動

この繰り返し

逃げなければ必ず現実は自分が創りたい現実に向けてサポートし続ける


コロナウイルスを創り出している現実は地球で暮らす人への共通の問いかけ

今ここから
どういう自分になり
どういう地球で暮らしたいか

落ちることに飽きたら前を向く

【不幸は日常に溢れている】

前回厄年のことを書いたら
yokumiru.hatenablog.com


これぞ厄年ということが起こった

その日は出張で遠方に行くので
雨の早朝の暗闇を少し急いで車を運転していた
前の日からの強雨で山から転がって来たであろう大きな落石と正面から衝突

「はぁ〜やってしまった」と思いながら
翌朝 車屋さんに車を見てもらおうと走行していると途中でオーバーヒートのような状態で
ぷっすん ぷっすん
そのまま入院(車が)

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車屋さんに持って行って診断してもらうと

「みてみないと分からないけどもしミッションの部分に異変があったらかなり修理に(お金が)かかりそうですね」
とのこと

はいはい来ましたね〜
これぞ厄年の威力ですかね!?
なかなかのパワーでした
自分がもっと氣をつけていればよかったんだけどね
そんなこんなもあって その日はまぁまぁ心がやられました

「もう少し早く出て心に余裕があれば」
「なんでもっと氣をつけなかったんだろう」
「厄年はこんなことが続くのかなぁ」
「お金が一気になくなるわ〜」

妄想の言葉が次から次へと沸いてくる
モンモン モンモン モンモン
でもそんな妄想もひたすらするとそんな自分を俯瞰してみる瞬間がある

【氣づきのタイミングが来たら前を向く】

俯瞰してみると自分がいかにずっと妄想の中で時間を過ごしていたかに氣づく
そうなるともういい加減自分でもクヨクヨせずに立ち直りたい

そのタイミングが来たら重い腰を上げて
エイや!と意識を別のところに向ける

過去に引っ張られず 今を生きる ということだけど
実際にやるとなると引っ張られるエネルギーが大きければそれは簡単ではない

でもこれができれば自分の妄想で苦しまずに生きることができることを今回再確認できた
↓それはこんなかんじ

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僕の場合は意識を向けることを
事故よりもより大きな求心力を持っていることに向けた

仕事をやっているときは仕事の中でもやってて楽しいこと
休日は時間をとってやりたかった空間づくりやこれからの計画など
自分が楽しくて没頭できることに向き合った

【逃げるじゃなく 捕われない】

起こったことに目を向けず
やりたいことをやることは一見原因から逃げているようにも見えるけど

逃げることと捕われないことは大きく違う
逃げている時は原因から離れているけど
捕われていない時は原因と向き合いながら影響を受けない状態

捕われなくなるためには
一旦原因と向き合って受け入れなければいけない

言葉で説明すると難しそうだけどやってみて学べば難しいことではない

やりたいことをやっているだけでいいのだから

なぜやりたいことをやっていると逃げずに原因から捕われなくなるのか

それは妄想は思考を使って自分で作っているものだから

やりたいことをやっているとき思考は不幸な妄想ではなくやりたいことに向いている

思考ではなく感覚に没頭していたりする

だから不幸な妄想をする暇がない

僕の場合
事故をしたという事実は変わらないから事故とは向き合う

その事故から
自分を責めたり
お金が減ると考えたり
落石についてあれやこれや考えるのをやめる

というよりやりたいことをやっていたら妄想をしている時間がなくなったと言った方がいいかもしれない

だから事故をしたという事実はかわらないから事故処理の色々な手続きは淡々とするけど
やりたいことが面白くなると妄想に捕われている暇がなくなる
現実と妄想は離れ
事故に捕われていた自分は完全に何処かにいってしまった

そんなことよりやりたいことで僕の意識は忙しいのだ

これが厄年の学びですね

厄(負)を好転させる

年の始まりは毎年近くの海に初日の出を見にいく


自分が生まれる前の日も両親は海をみにいったと
それで僕が生まれて名前に「洋」をつかった という話


だからでもないけど
年の始めは日の出を海でみたくなりそれが恒例になっている

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日の出

朝日はみるだけでパワーをもらう
お天道さまってすごいなぁ


今年はどんな一年になるか
1月はそんな想像をしたくなる月


僕の場合は今年は厄年

厄年がどうやって出来たか分からないけど
悪い運気をあらかじめ設定されているかんじは
僕は居心地よくない

年の始めにちょっと出鼻をくじかれる


【厄年ってなに?】

「厄年ってなんなんだ〜!?」
と 去年も前厄の時にかんじたけど

今年は昔から作られている設定をなんとなく取り入れる前に
人生の中で数回しかない機会に
厄年と向き合ってみることにした

厄年はよく分からないけど
「厄」と決められているだけで
少しビビる そして気分的になんだか やられてしまう 
僕のような日本人にはそれくらいの影響力を持っている

そう考えると「厄年」の風習はすごい
もしかしたら人のバイオリズムの中に厄が巡る歳回りがあるのかもしれない
でも
そういう厄年の本質は伝えられずに
風習・習慣だけ受け継いで「厄年です」って決められているだけでどうすることもできないのが今の日本人

僕もよく分からないまま 

その「厄=負」の存在をよく感じてみると

厄年

悪い事がおこりそう

意味も分からず不安・恐れる

不安・恐れで反応

不安・恐れの現実を体験

という流れを心のどこかで作ってしまっていた

厄年にどういう意味があるかは分からないけど
自分で作ってしまうこのネガティブな流れだけはなんとかしたい

逆に言えば 
自分で作っているものであれば
どんなことであれ 
必ず自分でなんとかできるはずだ


【ネガティブ感情も優秀なセンサー】

そのためには内観する必要がある
内観して自分の中で何が起こっているのか突き止める

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「不安」の発生源は
「未知=無知」から来ている
分からないから不安になる

でも不安になることは悪いことではない

むしろ頭では捉えきれていない「未知=無知」があることを
潜在的に察知して感情として「不安」という反応を作ってくれている

その「不安」は魂からのメッセージを受信して反応している
優秀なセンサー

だから「不安」を無視してはいけない
「不安」と友達になるとこれほど心強い友はいない

これは「病気」の仕組みで同じだ

体であれ心であれ病気になったら
表面上だけ治すという解決は根本的な解決にならない

「病気」はその原因を知らせるために体や心が伝えてくれるメッセージ
例えば生活習慣病といわれる病気にかかりその病気だけなおして
同じ生活習慣を病気が治ってから続けていても体は同じようにメッセージを出し続ける

そういう物の見方をするようになると
起こっている全てのことに意味があり 
悪いことは何も起こっていないということが分かる

その仕組みが理解できるだけで少なくとも
「不安」という感情を恐れる必要はない


【「なんでもこい!」の覚悟を持つ】

「不安」を恐れる必要はなくても厄年だから何かが起こりやすいのかもしれない

厄年には何らかの意味があり

厄年は災いが起こりやすい歳回り
昔の人がその歳の巡りをメッセージとして残してくれた風習
かもしれない

だとしたらどうする?

たぶん対処法は
「それで?」
という態度

そもそも「災い」ってなんだ!?

全く同じことが起こっても人によって
「災い」の定義が違うと体験も違う
毎日「災い」ばかり起こるという人もいれば
毎日「学び」があり勉強になるという人もいるだろう
そう考えた時に「災い」はその人の気持ち一つでどうにでも変化することが分かる

その気持ちを作っているのはもちろん自分
じゃあ その「気持ち」は何によって変化するのか

「覚悟」

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何でもこい!という「覚悟」を持っている人は些細な「災い」を体験したところで
その人にとって「災い」は「災い」ではなくなる
そういう人はむしろ「災い」をポジティブに変換する力を持っている
「覚悟」を持つだけで同じ現象が起きても経験することがひっくりかえる

なんでもそうだけど
逃げ腰になるだけで
自分の力は発揮できず負けてしまう

「覚悟」がある人は逃げ腰にはならない
でも「覚悟」がなければまず自分自身に負ける

自分自身に負けると
相手やその場にも負ける
そして全てに負ける

厄年にもきっと同じことが起こる


厄年と病気は向き合い方が似ているかもしれない
病気の人がその病名を聞いただけで
精神状態が追い込まれる 
一気に老け 弱る 


【癌との向き合い方】

日本人の2人に1人は癌になり 3人は癌で死亡する
僕の家系や周りでも癌になる人がけっこういる


身近では祖父も母も癌になった
祖父のように癌でなくなる人も多いが
母は癌を自然療法で完治させた
もちろん病気の進行具合によっても違うが
同じ病気になっても人によってその態度や病気に対しての関わり方がまるで違うなぁとつくづく思う

僕も周りのおかげで
癌の治し方や病気の向き合い方に詳しくなった

癌になった人たちの中で癌を根本から治せる人は
癌をメッセージとして受け入れて自己改善をする人達みたいだ


病気は体を通して魂が伝えてくれる一つのメッセージ
そのように受け入れられたときに
病気を自分に被害を与える悪い現象からポジティンブな現象に変える事ができる
そのメッセージに氣づいた人は病気も結果として治ったりする
メッセージに氣づいた人でも100%治らないのは病気を通して経験したい事が魂によって違うからだと思う


魂はいつでもありとあらゆる方法で内側・心の原因をみるようにメッセージを送っている
それが自然の摂理だから

だから病気に対して表面上の対処をしたところで
根本と向き合わなければ
治しても再発したり別のカタチ(病気や同じような類いの現象)でメッセージを送ってくる

この見方をして 行動出来た人は大病や災難も完治させる可能性があるのをみてきた

病と向き合うとき
その人達は自分自身と向き合う

そういう人は癌であれなんであれ
その「厄」が回ってきたことで人生が好転したりする

人の「厄」の向き合い方をみていたら
その人の人生観が見えてくる

僕の場合は今年は厄年

厄年が何か分からないが
分からないなりに「覚悟」を決めた

正確には瞑想していると「覚悟を決めないといけないよ」というメッセージを受けた

「覚悟」を決めた時に
厄年でも僕は悪い影響は受けないなとはっきりわかった

それは例え何があってもそのことと向き合い受け入れることが出来るから

誰かが作った厄年という設定よりも
僕の「覚悟」のエネルギーの方が上回っているときに僕は厄に負けることは決してない

「覚悟」についてはもっと書きたいことがあるけど
長くなるのでまた次回

九州ツアー:異次元の旅

キャンプ道具を持って九州に1週間の旅に行ってきた

小さい頃から家族や学校の修学旅行でもよく行ったけど何回行ってもまた行きたくなるエリア

行く前に会えそうな友達には声をかけることにした

福岡に移住したシンジ君ヒサエちゃん夫妻に連絡をしてみると
僕   :「僕が九州に行った時に一緒に行きたいって場所あったよね?どこだっけ?」
シンジ君:「あんでるせん

なんともメルヘンな名前
聞くと完全予約制の4次元パーラー(喫茶店)らしい
あやしい〜 笑


店主がショーをしてくれるということだが
シンジ君からは「あんまり調べないで体験してほしい」ということなので調べないで予約を取ろうとしたら1ヶ月以上前なのに既に予約でいっぱいとのこと

そう言われるとよけいに行きたくなる〜
旅の計画を少し変更してなんとか行けそうな日程で予約を取ることができた
シンジ君達とその友達夫妻も一緒にとれた

予約がなかなかとれないお店なのにその日はなぜかみんなが予約がとれた
呼ばれてる感ありますね

1ヶ月前から何も情報がないあんでるせんに行くことを考えると不思議とワクワク
何も知らないのに
調べてないけどめっちゃワクワクしてるのは僕がシンジ君ヒサエちゃん夫妻を信じてるからなんだろうなぁ

というわけで 九州ツアーは「あんでるせん」から始まった

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友達夫婦との再会もでき
いざうわさのお店に潜入

11時からオープンして注文した後に数時間の待ち時間

店内には各界の著名人の写真がずらりと色んな意味でズレているもに溢れている
きっとこれも次元をズラすスイッチとして組み込んでるのかなぁと思いながら散策

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長い待ち時間の中 机になにげに置いている知恵の輪をみんなでやったり
久しぶりの友達とお話をする

シンジ君は3回目予約して2回これたらしい

1回来られなかった時はお店から電話がかかってきて
「14名でなく12名ですよね?」
と確認されたらしい

「14名ですが」と答えたけど
店主は「おかしいなぁ12名のはずなんだけど」と言って電話が切れたそうだ

その後 友達のお母さんが入院して友達夫婦は行けず12名になったという話をきいた

ムズムズと何かが始まる予感!

14時になると店主が出てきてショウが始まった

このショウの内容を言葉で説明しても面白くないので詳しくは書かないが

店主がたくさんの持ちネタの中からジョークとマジックで楽しませてくれる
店主は本業のマジシャンではないだろう
なぜならマジックは僕でもマジックだなと分かるものがあるから

でも時折みせてくれる
明らかにマジックの限界を超えている次元が違う現象を見せてくれた

店主に選ばれた人は透視や予知をして具体的なアドバイスや人生の道筋を示してくれる

なるほど これを体験したくてこんなにも予約して来ているんだなぁ

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ちなみに僕がもらったアドバイス
「創ることがあってるよ 先生もいいですね」
とメッセージをいただいた

「創ること」はよく言われて 自分でも合っていると思っているから何らかの表現をしていきたいと思っていた

「先生」は僕なりの解釈だと人に経験を共有してその人がその人らしくいられるようなガイドをしたいと思っているのでそのことかなと想像を巡らす

どちらも 今の延長上にあるような気がする

ぼくはショウもそうだがこの言葉で後押しされることを受け取りにきたような気がした

遠方からこんなに予約までしてくるのはやはりここでしか経験出来ないものがあるから

ここは呼ばれてる人が行くような場所なので行きたい人はまずは予約から挑戦してみてほしい

予約は午前8時から
ショウの目の前のカウンターは2ヶ月前午前には一杯になるようだ